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東京地方裁判所 昭和54年(ワ)6662号 判決

原告 株式会社 さいとう・プロダクション

右代表者代表取締役 斉藤発司

右訴訟代理人弁護士 抜山映子

原告 株式会社 石森章太郎プロ

右代表者代表取締役 小野寺章太郎

右訴訟代理人弁護士 糠谷秀剛

被告 株式会社 産報

右代表者清算人 樫村英夫

右訴訟代理人弁護士 赤澤俊一

同 榎本峰夫

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告株式会社さいとう・プロダクションに対し、金六一二万円及びこれに対する昭和五四年二月一日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

2  被告は、原告株式会社石森章太郎プロに対し、金七九七万六〇〇〇円及びこれに対する昭和五四年一月二六日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  (当事者等)

原告らは、いずれも、劇(漫)画の創作等を主たる業務とする会社であり、株式会社サンポウジャーナル(以下「訴外会社」という。)は、劇画雑誌「コスモコミック」(以下「本件雑誌」という。)等を出版していた会社であった。

2  (原稿料債権)

(一) 原告株式会社さいとう・プロダクション(以下「原告さいとうプロ」という。)は、昭和五三年四月ころ、被告から、本件雑誌に掲載する原稿の作成を別表(1)記載の原稿料で請け負い(支払は、原稿引渡日の翌月末日現金払い)、同表(1)記載のとおり原稿を作成して訴外会社に引き渡した。

そして原告さいとうプロは訴外会社から同表(1)①記載の原稿料九〇万円の支払いを受けた。

したがって、原告さいとうプロは訴外会社に対し、六一二万円の原稿料債権を有する。

(二) 原告株式会社石森章太郎プロ(以下「原告石森プロ」という。)は、昭和五三年八月ころ、被告から、本件雑誌に掲載する原稿の作成を別表(2)記載の原稿料で請け負い(支払は、原稿引渡後毎月二〇日締切、翌月二五日現金払い)、同表(2)記載のとおり原稿を作成して訴外会社に引き渡した。

したがって、原告石森プロは、訴外会社に対し、七九七万六〇〇〇円の原稿料債権を有する。

3  (法人格の形骸化によるその否認)

訴外会社は、次に述べるとおり、その実質は被告の一部門であって、その法人格は全くの形骸にすぎない。

よって、原告らは、法人格否認の法理により、子会社たる訴外会社の法人格を否認し、親会社である被告に対し、前記2記載の各原稿料の請求をする。

(一) (被告の訴外会社に対する支配的地位)

(1) 被告は、その傘下に、訴外会社をはじめ産報出版株式会社(以下「産報出版」という。)、産報印刷株式会社(以下「産報印刷」という。)、株式会社サンポウエディターズ(以下「サンポウエディターズ」という。)など一二社にも及ぶ類似商号の別会社を設立し、いわゆるサンポウグループを形成している。

(2) 被告は、昭和四六年一月二七日、資本金三〇〇万円で、訴外会社を設立し、その後、資本金を一〇〇〇万円に増資したが、訴外会社の株式は、すべて被告が保有している。

(3) 訴外会社の役員は会社設立時から昭和五二年六月ころまでは、全員が被告の役員で構成され、かつ、代表取締役及び監査役は両社共通であり、その後も、訴外会社の役員七名中六名が被告の役員で構成されていた。

(4) 訴外会社の運営に関する重要事項及び基本方針は、すべて被告によって決定されていた。たとえば、

(ア) 被告は、毎月、訴外会社を含む前記サンポウグループ各社の資金繰りを統一的に決定し、右決定に従いサンポウグループ各社間の資金の流用が行われていた。

(イ) 訴外会社は、昭和五四年一月一八日、当庁に破産の申立をしたが、右申立は、被告の取締役会の決定に基づきなされたものである。

(二) (組織・財産の混同)

(1) 訴外会社の従業員は、被告から派遣されてきた者が多く、また右派遣については辞令もなく、勤続年数も両社通算で計算されていた。

(2) 訴外会社の就業規則は、被告のものが準用されていた。

(3) 被告と訴外会社の総務・経理部門は共通であった。

(4) 前記(一)の(4)の(ア)記載のとおり、被告及び訴外会社を含むサンポウグループ各社間において、相互に資金の流用がなされていた。

(5) 被告及び訴外会社を含むサンポウグループ各社の所有する各不動産には、それぞれ、サンポウグループ内の他社の債務の担保のため、債権者である金融機関に対し抵当権が設定されている。

(6) 訴外会社は、被告の伝票及び被告名入りの社用封筒を使用していた。

(7) 訴外会社の営業所並びに事務所は、被告本社と同一建物(サンポウビル)内に置かれていて、同一の場所で事務処理が行われ、また、両社は、写真室、暗室及び事務室を共同使用していた。

(8) 後記4の(二)記載のとおり、被告は、一般書、美術書等の営業を産報出版に譲渡し、同社は、これを訴外会社に譲渡した結果、被告が小石川倉庫に保管していた一般書、美術書等の在庫商品は、訴外会社の所有するところとなった。ところで、被告は、右在庫商品について、日動火災海上保険株式会社と火災保険契約を締結していたところ、右在庫商品の所有権が訴外会社に移転した後も、右保険契約の被保険者名義は、依然として被告名義のままであった。

(三) (業務活動混同の反復・継続)

(1) 被告は、新聞、雑誌、書籍その他刊行物の出版等を業とする会社であり、訴外会社は、書籍、雑誌その他出版物の企画編集及び発行等を業とする会社であって、両社は、その事業目的を共通にする。

(2) 訴外会社の健康保険、厚生年金及び雇傭保険事務は、被告において行っていた。

(3) 訴外会社の従業員が、地方の書店等から注文をとる場合、常に、産報出版の出版物の注文もあわせてとっていた。

(四) (収支の混同)

被告と訴外会社の収支は、同一の伝票が使用され、訴外会社に入金されるべき金銭が産報出版に入金されるなど、明確に区別されていなかった。

4  (法人格の濫用によるその否認)

被告は、次に述べるとおり、訴外会社の法人格を濫用している。よって、原告らは、法人格否認の法理により、子会社たる訴外会社の法人格を否認し、親会社である被告に対し、前記2記載の各原稿料の請求をする。

(一) (訴外会社の設立)

訴外会社は、前記三の(一)の(2)記載のとおり、被告によって、昭和四六年一月二七日、設立されたが、前記三の(三)の(1)記載のとおり被告は同種の事業目的を有し、また当時既に、サンポウグループには、類似の事業目的を有する産報出版(昭和三八年六月一日設立)、産報印刷(昭和三三年七月二一日設立)及びサンポウエディターズ(昭和四六年四月二日設立)が存在し、訴外会社設立の必要性は無かった。

右事実をもってしても、被告の債務の潜脱と利益の吸収とを目的として訴外会社が設立されたことは明らかである。

(二) (営業譲渡)

(1) 被告は、昭和五二年六月六日、産報出版に対し、被告の出版部門に属する営業を譲渡し、さらに、産報出版は、同月七日、訴外会社に対し、右譲受営業種目のうち、一般書、美術書及び産報デラックスに関する営業を譲渡した。

そして、被告は、同年九月一〇日、訴外会社に対し出版権を譲渡し、商標権の専用使用を認める旨の契約を締結した。

(2) 訴外会社は、前記(1)記載の一連の契約により、被告から、約六億四〇〇〇万円の負債を押しつけられた結果となり、さらに、被告に対し、毎年、版権料及び商標権料を支払うべき債務を負担した。

(3) これは、被告が、訴外会社の譲受出版物の売れ行き不振、在庫大量返品を見越して、前記三の(一)記載の訴外会社に対する支配的地位を利用し、自己の債務を訴外会社に押しつけるとともに、同社から利益を吸収することを目的としていたものである。

(三) (破産)

訴外会社は、昭和五二年六月六日以降、代表取締役及び監査役を変更し、取締役を増員するなどして被告との密接な人的関係の稀薄化の外観を作出したうえ、払えるあてのない債務を急激に増やし、本件雑誌に係る原告らへの原稿料はほとんど支払わないなどして、破産申立時には、資本金一〇〇〇万円に対し、七億円余の債務を負担するに至っていた。

右事実によると、被告は、前記の支配的地位を利用して訴外会社に負債を押しつけたうえ、同会社を計画的に破産させたものであることが明らかである。

5  よって、原告さいとうプロは被告に対し、原稿料六一二万円及びこれに対する直近の弁済期の翌日である昭和五四年二月一日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金、原告石森プロは被告に対し、原稿料七九七万六〇〇〇円及びこれに対する直近の弁済期の翌日である同年一月二六日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の各支払を求める。

二  請求原因に対する答弁

1  請求原因1(当事者等)及び同2(原稿料債権)の事実はいずれも知らない。

2  同3(法人格の形骸化)の事実について

(一) (一)(被告の訴外会社に対する支配的地位)の(1)ないし(3)を認め、(4)の(ア)を否認する。グループ間の連繋的資金繰りの検討が行われたことはあるが、それは、被告の取締役会においてではなく、グループ各社の代表者及び経理責任者が出席する各社間の資金会議でなされたものであって、右会議の結果、各社独自の判断のもとに相互の協力・援助がなされたにすぎず、その関係は、消費貸借として厳正に経理処理されていて、資金流用などではない。

(4)の(イ)のうち、破産申立の事実は認めるが、右申立が被告の決定によるとの点は否認する。右申立は、訴外会社の取締役会の決議に基づくものである。

(二) (二)(組織・財産の混同)の(1)のうち、勤続年数を通算していたこと、(7)のうち、両社が同一ビル内に設置されたこと、(8)を認め、(2)、(6)は知らないし、その余の事実は否認する。もっとも、(8)について、被保険者の名義を変更しなかったのは、右保険契約の保険期間一年の残存日数が少なかったことによる。

(三) (三)(業務活動混同の反復・継続)の(1)のうち、訴外会社の事業目的及び登記簿上被告の事業目的が「新聞、雑誌、書籍その他刊行物の出版」等になっていることは認めるが、被告の事業目的は否認する。被告は、昭和五二年六月以降右業務は全く行っていない。(2)は認める。ただし、被告から訴外会社に移籍してきた従業員が既に被告の加入していた出版健康保険に加入していたため、被告が便宜的に訴外会社の保険関係事務の処理を行っていたにすぎず、昭和五四年二月からは、右保険関係の取扱いを分離すべく準備を進めていたところ、訴外会社が破産したものである。(3)は知らない。

(四) (四)(収支の混同)のうち、同一伝票使用の点は知らない。その余の事実は否認する。

(五) (被告の主張)

訴外会社は、次の事実から明らかなように、その実質においても全く別個の独立の法人である。

(1) (業務関係)

訴外会社は、当初、被告が出版していた一般図書等の企画、編集を目的として設立されたが、昭和五二年六月からは、被告にかわり一般図書の出版、販売を主たる業務とするようになり、他方、被告は出版関係業務は行わず、ゴルフ場の会員募集、広告代理等を主たる業務とした。

このように、両社の業務内容は判然と区別されるとともに、訴外会社の経営には、久保田実及び渡辺善蔵があたり、被告の当時の代表取締役中島宏を含むその他の訴外会社の役員は、同社の経営に関与しなかった。

(2) (従業員関係)

両社の従業員の身分上の帰属は、前記(1)記載のとおり、両社の業務内容が全く異なるところから明確に区別され、相互に出向したり、兼務関係にある者はいない。

また、訴外会社は、独自に従業員を採用してきた。

(3) (事業所の関係)

被告は、サンポウビルの七階を、訴外会社は、同ビルの九階をそれぞれ専用的に使用し、賃料も別個に支払ってきた。

(4) (経理・財産関係)

両社は、それぞれの経理担当者が、独自の立場で経理上の諸帳簿に記載し、かつ、貸借対照表、損益計算書を作成しており、経理的処理は完全に区別されていた。

(5) (労使交渉)

賃金交渉等については、訴外会社の労働組合は同社の代表取締役を相手としており、被告を相手に交渉したことは一度もなく、また、交渉の結果(賃金上昇率等)も、被告と訴外会社とでは異っていた。

3  同4(法人格の濫用)の事実について

(一) (一)(訴外会社の設立)のうち、訴外会社、産報出版、産報印刷及びサンポウエディターズ(ただし、設立時期は昭和四六年四月二二日。)各設立の事実は認め、その余の事実は否認する。

(二) (二)(営業譲渡)の(1)を認め、(2)、(3)は否認する。被告から訴外会社への営業譲渡によって、訴外会社の譲受資産の合計額は三億九七四一万七四八三円となったが、他方継承する債務額は二億九〇六五万五七一九円にすぎなかった。そして、売掛金、書籍の評価も適正な価格であり、負債を押しつけたことはない。また、商標権及び出版権は、被告が資金を投下して形成した資産であって、訴外会社から適正な代金及び使用料を徴収するのは当然のことである。

(三) (三)(破産)のうち、訴外会社の資本金額、破産申立時の債務額、及び同会社役員の変更の事実は認め、同会社の原稿料支払状況は知らないし、その余の事実は否認する。役員の変更は、前記営業譲渡に伴うものである。

第三証拠《省略》

理由

第一当事者等及び原稿料債権について

一  請求原因1の事実は、《証拠省略》によってこれを認めることができる。

二  請求原因2の事実について判断するのに、《証拠省略》によれば、同(二)の事実が認められ、以上の認定に反する証拠はない。

第二法人格否認法理について

原告らは、原則として前記認定にかかる原稿料債権を、訴外会社とは別法人である被告(この点は当事者間に争いがない。)に対し、請求することはできない。しかしながら、訴外会社が被告の一部門にすぎない場合等法人格が全くの形骸にすぎない場合、又は、それが法律の適用を回避するために濫用される場合においては、その法人格を否認し、訴外会社の背後の実体である被告に対し、前記原稿料債権を請求することができるものと解するのが相当である。

一  そこで、まず、請求原因3(法人格の形骸化によるその否認)について判断する。

1  請求原因3の(一)(被告の訴外会社に対する支配的地位)について

(一) 請求原因3の(一)の(1)(サンポウグループの形成)、(2)(訴外会社の設立)、(3)(被告と訴外会社の役員の共通)の各事実は当事者間に争いがない。

そして、《証拠省略》を総合すれば次の事実が認められる。

(1) 被告は、昭和三一年一二月二六日、株式会社熔接ニュースとして設立された後、昭和三七年、連合産業人グループ協会出版局及び日本工業経済連盟出版局を併合して新らたに株式会社産報として発足したものであって、中島宏が、設立以来昭和五五年六月に辞任するまで代表取締役の地位にあったこと、

(2) サンポウグループ内には、訴外会社のほかにも、産報印刷、株式会社産報アサヒカントリー倶楽部(以下「産報アサヒカントリー倶楽部」という。)、産報発送株式会社(後に産報印刷と合併)、サンポウビル株式会社(以下「サンポウビル」という。)、産報出版、産報開発株式会社(以下「産報開発」という。)、産報不動産株式会社(以下「産報不動産」という。)、サンポウエディターズ及び佐久間商事株式会社(以下「佐久間商事」という。)等の会社が存在し、これらの会社について、被告はその株式を保有し(株式保有率サンポウビル一〇〇%、産報出版約三〇%、産報開発約五〇%、産報不動産約三〇%、サンポウエディターズ約九〇%等)、役員を派遣し(前記各会社のうち、産報出版を除く各社の代表取締役は、被告の代表取締役であった中島宏であり、他の役員についても、被告の役員とかなりの割合で重複していた。)ていたこと、

(3) 前記中島宏は、昭和五二年六月ころ、訴外会社、産報印刷、佐久間商事について、他の者を代表取締役とし、右三社及び産報印刷の直接の経営から退くとともに、被告の主な営業であった出版部門の営業を産報出版に譲渡し、さらに、同社は、右譲受営業のうち、一般書、美術書及び産報デラックスに関する営業を訴外会社に譲渡した(営業譲渡の事実は当事者間に争いがない。)こと、

(4) 訴外会社は当初、専ら被告の出版部門の企画・編集を目的として設立されたが、右営業譲渡及び代表者の交替により一般書等の出版全般を業とするようになり、又、代表取締役には被告の取締役でもある久保田実が就任し、中島宏は訴外会社の単なる非常勤の取締役たるにとどまったこと、

以上の認定事実に前記争いのない事実を総合すれば、被告は、サンポウグループ各社に対し、程度の差はあるものの、資本及び人的つながりを通じて支配しうる地位にあり、とりわけ訴外会社については、株式全部を保有し、昭和五二年六月以降人的つながり及び営業上の関連性が薄れたとはいえ、なお訴外会社を支配しうる地位にあったことが認められる。

(二) そこで、現実に、被告が訴外会社をどの程度支配・管理していたか(請求原因3の(一)の(4)の事実)について検討する。

(1) 請求原因3の(一)の(4)の(ア)(被告による資金繰りの統一的決定)の事実のうち、いわゆる資金連絡会議が毎月開催されていたことは当事者間に争いがない。

ところで、《証拠省略》を総合すれば、次の事実が認められる。

(ア) 前記(一)の(3)認定の昭和五二年六月ころにおけるサンポウグループ内の役員の交替及び営業の譲渡後、被告、訴外会社、産報開発、産報不動産、産報アサヒカントリー倶楽部及び産報出版の六社は、月に一回、該六社の代表者及び経理担当者が出席し、各社の資金繰りの状況を報告する通称資金連絡会議を開催したこと、

(イ) 右会議は、当時、被告の専務取締役兼経理局長であった樫村英夫が招集し、予め各社の担当者から提出された自社の入・出金の予定を記載した資金繰り予定表を取りまとめて右六社全体の資金繰り予定表を作成したうえ、これを会議当日に資料として配布し、同人が議事を運営していたこと、

(ウ) 訴外会社からは、右会議に、当時の代表取締役久保田実及び加治総務部長(又は佐野経理課長)が出席し、同社の資金繰りについては、右両名が決めていたこと、

(エ) 右会議によって、各社の資金繰りの状況が明らかとなり、会議後、各社間で融資についての交渉がなされたこと、

(オ) 訴外会社も、資金繰りが苦しくなってきた昭和五三年一〇月ころ、右会議を利用して、当時資金に余裕のあった産報アサヒカントリー倶楽部から融資を受けたことがあること、

以上の事実を総合すれば、被告が主導権をもって、訴外会社を含む前記六社の資金状況について報告をさせ、相互の連絡・調整を図ろうとしていたことは認められるものの、他方、このような会議が、昭和五二年六月ころから必要になったこと自体、サンポウグループ各社の独立、独自性が相対的に強化したことを示すものというべく、さらに、前記資金繰り予定表についても、単に各社の入金及び支出の予定が記載されているにすぎず、それ自体に被告からの融資案又はその旨の指示等が記載されているものではないこと及び資金連絡会議のその場で融資について決められるものではなく会議後に各社間で交渉がなされること等を併考すると、前記認定事実から直ちに、被告がサンポウグループ内の資金繰りを統一的に決定していたものと推認することはできず、他に右統一的決定の事実を認めるに足りる証拠はない。

(2) 請求原因3の(一)の(4)の(イ)(被告の決定に基づく破産申立)の事実のうち、破産申立の事実については、当事者間に争いがない。

そこで、右破産申立が被告の決定に基づくものであるか否かについて検討するのに、《証拠省略》を総合すれば、次の事実を認めることができる。

(ア) 訴外会社は、前記のとおり昭和五二年六月ころから、一般書等の出版を業としていたが、出版業界の不況、昭和五三年春ころからの返品の増加に加えて同年九月に創刊した本件雑誌の刊行が失敗したことなどによって、同年一〇月ころから資金繰りが急激に悪化し、同年一二月末には、大日本印刷株式会社に対する三二〇〇万円の手形債務の支払が困難な状況になったところ、右手形債務の支払猶予により再建し得るものと考え、大日本印刷株式会社に対する一億円の債務につき被告の保証を得、同社に対し、三二〇〇万円のうち一六〇〇万円を支払い、残額について支払猶予を得たこと、

(イ) 被告においても、当時、ひっ迫した経済状態にあり、右債務保証をするのが限度であって、訴外会社に対しても、これを限度として援助することを約したこと、

(ウ) ところが、昭和五四年一月に至るや、訴外会社は、返品が予想以上に多く、これに伴い入金が減少するため、訴外会社代表取締役久保田実は、同年一月一〇日、被告の顧問赤沢弁護士の紹介で、柳沼、広田両弁護士にこれが対策につき法律的助言を求め、その際当時の被告及び訴外会社の取締役樫村英夫も同行したこと、

(エ) 訴外会社は、昭和五四年一月一〇日に支払うべき約一二〇〇万円の債務については支払の猶予を得て一旦窮境を脱したところ、同月一五日、入金予定の金員が全く入金されないこととなり、これによって同月二〇日弁済期の約一四〇〇万円の手形債務について支払不能状態に陥ったので、同月一七日、前記久保田実らは前記柳沼、広田両弁護士からの不渡を出して混乱を招くよりむしろ自己破産の申立をなすべき旨の助言を受け、自己破産申立の決意をし、同弁護士らに破産申立手続の準備を依頼するとともに、同日夜、翌一八日の役員会開催の招集をしたこと、

(オ) 翌一八日、ホテルニュージャパンにおいて、訴外会社の取締役会が開かれ、同社の自己破産申立が決定されたが、その参加者久保田実、猪飼聖紀、安藤幸男、中村家康、中島宏、樫村英夫、猪子信雄、松山邦雄、三好哲男、鞠子信義、赤沢弁護士の一一名のうち、訴外会社の役員は前七名であり、一方、被告の役員でないものは、猪飼聖紀及び赤沢弁護士の二名にすぎなかったものの、この取締役会に近接した時刻に、同所で破産後の措置に関して被告の取締役会も開催されたため、前記参加者のうち、訴外会社の役員以外の者は、被告の取締役会に出席するため同所に赴き、訴外会社の取締役会を傍聴していたものであること、

以上の事実が認められる。右各事実を総合すれば、訴外会社が自己破産申立を決定するにあたって、少なくとも被告の同意を得たうえで決定したものと推認するのが相当であって、この推認に反する《証拠省略》は措信しない。

しかしながら、右認定の破産に至る経緯に明らかなように、当時訴外会社には、資産、信用と負債との比量から自己破産申立の決定をするのもやむを得ないものと解すべき客観的状況にあり、また、訴外会社の常勤役員は久保田実及び猪飼聖紀の両名だけである(この事実は、《証拠省略》によって認められる。)ところ、訴外会社の状況を熟知し、法的にも弁護士からの説明を直接受けて詳知していた両名において、昭和五四年一月一七日の段階で、破産申立もやむをえないとの判断をしたものであって、この判断を他の役員らが尊重することは合理的であり、他方、被告には、営業を分離してしまった後は、訴外会社について破産申立をするべきか否かについて判断するに足る充分な材料はなく、また、後記二の3に説示の如く被告が訴外会社を計画的に破産させたことを認めるに足りる証拠はなく、これらを要するに、訴外会社が自己破産申請を決定するにあたって、被告の意向に副ったことは肯認されるものの、前掲事実から、それ以上に、被告が主導的に、訴外会社の破産申立を決定したとの事実を推認することはできず、他に、右事実を認めるに足る証拠はない。

(3) 他に、被告が、訴外会社の人事、営業方針等について指揮・命令等をしていたことをうかがわせるような証拠はなく、結局、被告が、訴外会社の運営に関する重要事項、及び基本方針をすべて決定していたとの事実を認めるに足りる証拠はない。

2  請求原因3の(二)(組織・財産の混同)について

(一) 請求原因3の(二)の(1)のうち、被告から訴外会社に派遣されてきた従業員の勤続年数につき両社通算していたこと、同(7)(営業場所の同一性)及び同(8)(火災保険名義の不変更)の各事実は、いずれも当事者間に争いがない。

(二) 《証拠省略》を総合すれば、次の事実が認められる。

(1) 前記1の(一)の(3)、(4)認定の昭和五二年六月ころの訴外会社等の役員及び営業等の変更(いわゆる訴外会社等の分離独立。以下「本件分離」という。)前にあっては、訴外会社と被告を含む他のサンポウグループ各社との間で従業員の人事交流が激しく、従業員の所属について不分明な状態にあったが、本件分離後は、訴外会社と被告その他のサンポウグループ各社との間の人事交流はほとんどなくなり、従業員の所属も明確となり、またその新規採用についても訴外会社独自の立場で行っていたこと、

(2) 訴外会社は就業規則として成文を有せず、慣行上被告のそれとほぼ同内容の規則に依っていたものの、被告の就業規則を準用することはなく、出勤時刻などは被告のそれとは異なっていたこと、

(3) 訴外会社は、本件分離前は、独立した総務・経理部門をもたず、被告のそれと共通にしていたが、本件分離に伴い、被告から訴外会社に約二〇名の従業員が移籍し、各編集部、総務部(経理課)等の組織が確立し、専ら総務、経理を担当する従業員がそれぞれ配置され、独自の該部門を備えるに至ったこと、

(4) 被告の決算期は毎年一二月末であるのに対し、訴外会社のそれは毎年五月末であり、被告の主力取引銀行は常盤相互銀行であるのに対し、訴外会社のそれは東京産業信用金庫であること、また、両社は、従業員の賃金、賞与についても相異があること、訴外会社は本件分離前から貸借対照表を作成していることなど、同社は、被告とは独立して経理、財産の管理をしていること、

(5) 被告、サンポウビル及び産報不動産の所有する不動産に、サンポウグループ各社を債務者とする担保権が多数設定されていること、

(6) 訴外会社と産報出版は、出版物の保管につき倉庫(小石川、浜松町、日暮里の三か所)を共用していたこと、

(7) 本件分離後も、訴外会社は、時に被告の伝票、社用封筒等を使用し、サンポウビルの代表電話をも利用することがあったが、訴外会社にも独自の社用封筒があり、また被告及び訴外会社は、それぞれ独自の電話を有していたこと、

(8) 被告の本店及び訴外会社の主たる営業所は、同一建物(サンポウビル)内にあったが、被告は七階、訴外会社は九階をそれぞれ専用的に使用し、右建物の所有者であるサンポウビルとそれぞれ独自に賃貸借契約を締結し、賃料を支払っていたこと、

(9) 訴外会社が譲り受けた小石川倉庫の在庫商品について、被告と日動火災海上保険株式会社との間の火災保険契約の当事者を変更しなかったが、それは、右保険契約の残存期間が僅か約一か月であったため、満期後に、新らたに契約を締結する予定であったからであること、

(10) 訴外会社の労働組合は訴外会社代表取締役久保田実を交渉の相手とし、交渉の結果、妥結した賃上げ率、賞与等についても被告とは異なっていたこと、

(11) 訴外会社破産後、同社従業員の再雇傭のため、被告、産報出版、産報印刷等サンポウグループ中七社が出資して、昭和五五年七月八日、資本金一〇〇〇万円の産報企画出版株式会社を設立したこと、

以上の事実が認められる。

(三) 右(二)の認定事実及び前記(一)の争いのない事実を総合すれば、訴外会社は被告から、少なくとも本件分離以降は、名実ともに組織上、及び財務上、独立性及び独自性を有するに至ったもので、これを通観すると、被告と訴外会社との組織及び財産につき原告ら主張のような混同の事実を肯認できない。

3  請求原因3の(三)(業務活動混同の反復・継続)及び同(四)(収支の混同)について

(一) 請求原因3の(三)の(1)のうち、訴外会社の事業目的及び被告の登記簿上の営業目的並びに同(2)(健康保険事務等)の事実は、当事者間に争いがない。

(二) 被告は、本件分離後、前記1の(一)の(4)認定のとおり出版業を一切行っておらず、訴外会社と事業目的を共通にするということはできない。

(三) 請求原因3の(三)の(3)(訴外会社従業員による被告出版物の受注)の事実は、認めるに足りる証拠はない。

(四) 同(四)(収支の混同)の事実についてもこれを認めるに足りる証拠はない。

4  以上1ないし3で認定した事実を総合すれば、被告は、訴外会社を支配しうる地位にあるものの、現実に同社を支配、管理をしているとまでは認められず、また、組織、財産及び業務活動等についても混同が生じているとは認められない。

したがって、訴外会社の法人格が形骸化しているとは認められないのであって、法人格の形骸化を理由とする原告らの法人格否認の主張は失当である。

よって、請求原因3は理由がない。

二  進んで請求原因4(法人格の濫用による否認)について判断する。

1  請求原因4の(一)(訴外会社の設立)の事実のうち、訴外会社(昭和四六年一月二七日設立)、産報出版(昭和三八年六月一日設立)、産報印刷(昭和三三年七月二一日設立)及びサンポウエディターズ(ただし、設立時期を除く。)設立の事実は当事者間に争いがなく、また、《証拠省略》によれば、産報出版及びサンポウエディターズ(昭和四六年四月二二日設立)が、出版関係の事業をその目的としていること及び産報印刷が印刷業をその目的としていることが認められる。

右各事実及び前記一の1の(一)の(3)、(4)認定の事実を総合すれば、訴外会社設立当時、被告及び産報出版が出版関係事業をその目的とし、訴外会社は被告の出版部門の企画、編集を目的として設立されたものであることは明らかであるが、事業目的が類似しているからといって直ちに訴外会社設立につき合理的必要性が無いものとはいえず、さらに、右事実のみから、訴外会社の設立が、被告の債務の潜脱及び利益の吸収を目的としてなされたものであると推認することはできず、他に右原告ら主張のような目的を有していたとの事実を認めるに足りる証拠はない。

2  請求原因四の(二)(営業譲渡)の事実について

(一) 同(1)(被告から産報出版、産報出版から訴外会社に対する各営業譲渡)の事実は、当事者間に争いがない。

(二) 同(2)(債務の転嫁)の事実について検討するのに、《証拠省略》を総合すれば次の事実が認められる。

(1) 前記一の1の(一)の(3)認定のとおり、被告がその出版部門の営業を産報出版に、さらに同社は右営業のうち、一般書、美術書及び産報デラックスの出版に関する営業を訴外会社に、順次譲渡したものであるところ、産報出版から訴外会社に対する右営業譲渡に伴い譲渡された資産の評価額は三億九七四一万七四八三円、その負債の評価額は二億九〇六五万五七一七円であって、差引一億〇六七六万一七七六円の評価利益が産報出版から訴外会社に移転したこと、

(2) 右譲渡された資産及び負債評価額の内訳は次のとおりであること、

(ア) 資産   合計三億九七四一万七四八三円

売掛金    三億七一五一万三一六五円

ただし、右金額から返品見込額二億八四八三万〇五〇八円を控除。

返品見込率については、従来の経験に基づき、

書籍 五九%ないし六五%

アサヒギャラリ(雑誌) 三一%

産報デラックス(歴史) 六八%

産報デラックス(自然) 六五%

とし、後日、実際の返品額との差を修正する。

在庫製品   三億〇九二一万九〇六三円

ただし、産報デラックスについては製造原価の二分の一、その余については製造原価で評価する。

その他      一五一万五七六三円

(イ) 負債合計   二億九〇六五万五七一七円

買掛金      五九四二万一九四八円

手形債務   一億八五八五万二六二五円

印税・原稿料等  三八二五万四五五二円

その他      七一二万六五九二円

(3) 被告は訴外会社に対し、昭和五二年九月一〇日、前記営業譲渡に伴い、その所有する産報デラックス及びアサヒギャラリの商標権の専用使用を許し、その代価年額を、右商標権の総評価額五〇〇〇万円の八%と定めたこと、同じく、譲渡にかかる出版物の出版権を譲渡し、その代価を、出版物の定価に発行部数を乗じた額の二%と定めたこと、右営業譲渡後、訴外会社が倒産するまでの間に発生した右商標専用使用権及び出版権の代金債権は総額約七九〇万円と計上したこと、

(4) 訴外会社が営業譲渡を受けた後である昭和五二年六月から昭和五三年五月の間の同社の営業利益は、九七五万円の黒字であること、

以上の事実によれば、訴外会社は、前記営業譲渡により、計算上は約一億〇六七六万一七七六円の利益を得たことになること(なお、在庫製品の評価について、将来売掛金債権に変態した場合の返品見込額を控除する必要がありそうであるが、前叙のとおり在庫製品の評価に関しては製造原価又はその二分の一としているので、販売取次業者への卸売価額を基礎にして計算している売掛金と同一に論ずることはできず、また、現に在庫する商品の価額評価方法として製造原価を基準とすることは不当なこととはいえない。)。

したがって、右事実を対照すると、単に、訴外会社が右営業譲渡後約一年七か月後に約七億円の負債をかかえて破産するに至った(この点は当事者間に争いがない。)との事実から被告から訴外会社に対する約六億四〇〇〇万円もの負債を転嫁したとの事実を推認することはできず、他に右転嫁の事実を認めるに足りる証拠はない。

よって、前記営業譲渡につき被告に法人格の濫用があったものと解することはできない。

3  同(三)(破産)の事実のうち、訴外会社の資本金額、破産申立時の債務額、役員変更の事実は、当事者間に争いがない。しかしながら、前記第二の一の(二)の(2)で認定したとおり、訴外会社が破産するに至ったのは、出版業界の不況、昭和五三年春ころからの返品の増加、本件雑誌刊行の失敗等に起因し、またその申立は訴外会社自身の決定に基づくものであり、さらに、《証拠省略》によれば被告自身も訴外会社の破産によって一億五五七〇万六〇〇〇円の破産届出債権(そのうち、有異議債権額一億円)を有するに至ったことが認められるから、これらの事実に対比して考えると、前記争いのない事実から、被告が訴外会社を計画的に破産させたとの事実を推認することはできず、他に右事実も認めるに足りる証拠はない。

4  結局被告が訴外会社の法人格を濫用していると認めることはできないのであって、請求原因4は理由がない。

五  結論

以上によれば、本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 薦田茂正 裁判官 根本渉 裁判官柳田幸三は転補につき署名押印することができない。裁判長裁判官 薦田茂正)

〈以下省略〉

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